最後の勝利を導くもの
 ボロジノ戦を控えて、アンドレイ公爵は、陣地を訪れた親友ピエールを前に、戦いについて大事なことを語っている。
「二人の歩兵はつねに一人より強い。が、実践となると、一個大隊がときとして一個師団より強い場合があり、ときとして一個中隊より弱い場合もある。この点がちがうのだ・・・・・
 戦争の勝利はかつて、陣地や、武装や、兵数によってさえ支配されたこともなければ、また将来も、支配されることはないだろう。・・・・・それはね、僕やこの人や・・・・それから、兵卒各自のなかにある感情さ」
 「戦争に、かならず勝とうと堅く決心した者が勝つのだ。なぜわれわれは、アウステルリッツで敗れたか、彼我両軍の損害はほとんど伯仲していた。それだのにわれわれは、あまりに早く、こちらの負けだと自分に言った。そして負けたのだ。」
「感情」「必ず勝とうと堅く決心したほうが勝つ」――これらは、太平洋戦争の日本の軍部に見られたような無謀、合理性を無視した精神主義では決してない。
あらゆる戦いにおいて、最終的に勝利を決しゆく要諦となるものは、全員がある目的のもとに、心を一に結束できるような拠りどころが、確固不抜なものとして存在するかどうかなのである。・・・・・・
 士気――中心者のもとに、結束して事に当たることができるかどうかは、勝負の行方に対し、このように微妙にして決定的な役割を演ずる。
【私の人間学 「戦争と平和」より抜粋】 


 『戦争と平和』(トルストイ著)は、「戦いの運命を決するもの」は何か、と問いかける。それは、“指導者の命令”でもなければ、“環境”でも、“武器の数”などでもない。
 戦いを決するものは、「士気と呼ばれる、あのとらえがたい力」である、と。
 戦いは「勢い」で決まる。勢いが止まれば、不思議と疲れたり、乱れたりするものである。
 創価の我らもまた、朗らかな「士気」、歓喜あふれる「勢い」で、人間共和の大理想へ、いよいよ進んでまいりたい。
【「方面長協議会でのスピーチ(上)」聖教新聞 2004/12/27付】


 激戦は、根気の強いほうが勝つ  
 トルストイの『戦争と平和』から、3点目について述べたい。 それは、これまで何度も論じてきたことであるが、「『断じて勝つ』という執念を持て!」という「絶対勝利の哲学」である。 「戦いに勝つのは、必ず勝とうと堅く決心した者だ」(米川正夫訳) これは、押し寄せるナポレオンの大軍との決戦 ―― 「ボロジノの戦い」を前に、主人公の一人であるアンドレイ公爵が語った言葉であるが、人生の万般(ばんぱん)に通ずる哲学といえよう。 この戦いの中で、別の登場人物は語る。 「勝負の決しがたい場合には、常に根気の強い方が勝利者であります」(同)
 人生にあっても、平和を目指す我らの戦いにあっても、何があろうと、断じて勝つと、固く、強く、決めた者が勝つ。 この一点を、とくに青年部の皆さんは深く生命に刻んでいただきたい
【第45回本部幹部会・婦人部総会・東海道総会での名誉会長のスピーチ 聖教新聞/1/13付】


 必勝の信念がなければ、戦いには勝てない。但し、必勝の信念だけでは、戦いには勝てない。核となるべき中心者(リーダー)の勝利への執念が団結をより強固なものとする。信頼されるリーダーになるには、慈愛と責任感ある自分に成長するしかない。一人でも落伍者が出れば、リーダーの責任。
 年末、年始と繰り返し、指導されているのは、あらゆる魔性との戦いの決着をつける年だからだ。そういう時にめぐり合わせていることを深く自覚し、一切に勝利していきたい。

 また公明党議員の情けない行為が明らかになった。
 産経ニュース
 うちのとなりだし、議員は知っている。浦安も決して楽な選挙区なんかじゃない。腐った部分は早いとこ切除するに限る。辞職は当然。
 時に合った辞職なのだろう。それにしても、周りの議員は何をしていたのだろう。私は、辞職した議員よりも、そちらの方が気にかかる。